志木市と地震

どうも鯉の子です。
東日本大震災から11ヶ月が過ぎ、丸一年が経とうとしていますが関東地方でも『首都直下型地震の可能性が30年の内に70%の確率で発生すると言う試算が出され、また地震の原因になるプレートの境界が従来よりも10km程浅くなっており、これまでの最大震度『6強』から『7』になる可能性を示唆しています。
と言う訳で、唯一東京地方を壊滅的被害を出した関東大震災を埼玉県から、そして志木市から見てこの来る『関東地方大震災』(自称)に備えて行こうかと思います。
「1923年(大正12)9月1日11時58分異様な地鳴りが続いた直後、突然大揺れが発生。器物が倒れ、壁土が崩れ落ちる。屋根瓦もガラガラ落下し、あたり一面修羅場と化した。荒川に沿って幅15cm以上の地割れが発生し、泥が吹き出していた。東京方面を見ると、入道雲が立ち上っていた。やがて、朝鮮人が暴徒と化し東京を燃やし回っていて、天皇を人質にとり立て篭もっている。茨城と千葉方面から津波が来ている。赤城山の麓まで来るらしい。などと所謂デマが出回った。」(―志木市郷土史一部改変及び当時の識者の話―)
この関東大震災で、志木市をはじめとし埼玉県の広い範囲で被害がありました。